備後 鞆城跡、山中鹿之助首塚(よしだっちの城跡探訪記)
 
siro  鞆城跡(ともじょう)、比高22m
場所広島県福山市鞆町後地
訪問日2009年3月20日(金)
備考毛利氏が足利義昭を鞆に迎えた時に築城



東側より、
鞆の浦歴史民俗資料館の建つ本丸跡を見上げる。
上記階段を上がると...
その石垣。
案内板のの石垣。
左に「大」の刻印の石垣が見える。
「△」の刻印。
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矢穴も見えます。
本丸。
完全に公園化されてます。
本丸南面の展望地。
鞆港と左端に大可島城跡が見えます。
本丸にある説明板。
古木を囲むように、これも石垣跡でしょうか。
本丸と二の丸の間の小郭。
上記郭と二の丸の間にある石垣跡。
これも...
矢穴も見えます。
二の丸。
鞆城遠景。(東側より)
鞆の浦の町並みの中にデンとあります。
山中鹿之助首塚。
静観寺(城跡北西100m)横のL字路の路肩にある。

足利義昭が静観寺において鹿之助の首実検をした。
その案内板。
(まとめ・総評)
1576年、毛利氏が足利義昭を鞆に迎えた時の築城。
1600年、関が原敗戦後、福島正則が入封の際に修築、大崎玄藩が入る。
1615年の一国一城令に先立って廃城。
1619年に入封した水野勝成の長子水野勝俊が三の丸の居館に入る。
勝俊が福山藩を継ぐと、町奉行所が置かれた。

鞆の浦旅行で、前日仙酔島巡りをして、翌日朝の「鞆の浦散策」での登城です。
この日、2城を廻った1城目です。

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 参考資料:日本城郭大系(第13巻)広島・岡山