![](./images/S20070522/20070522_095746_Casio.jpg) |
県道46号沿いにある案内板。
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![](./images/S20070522/20070522_095906_Casio.jpg) |
光源寺、石垣跡。
この前に車を停めて登山開始。
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![](./images/S20070522/20070522_101358_Casio.jpg) |
登山中、左側に清流。
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![](./images/S20070522/20070522_101638_Casio.jpg) |
金玉水。
伝説の水。詳しくはガイドマップで...
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![](./images/S20070522/20070522_102106_Casio.jpg) |
やっと「登山口」の表示が...
ここまでは登山ではなかったのか...
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![](./images/S20070522/20070522_103504_Casio.jpg) |
子生城山。
木が茂って無ければ西方面がかなり展望出来る。
見張り台の可能性も...
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![](./images/S20070522/20070522_103010_Casio.jpg) |
子生城山手前の土塁。
子生城山が郭跡(見張り台)と仮定するなら、
門跡か?、防御施設か?...
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![](./images/S20070522/20070522_103818_Casio.jpg) |
子生城山を過ぎると、左右に土塁跡。
やはり...
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![](./images/S20070522/20070522_104814_Casio.jpg) |
本丸が近くなると急登が続く。
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![](./images/S20070522/20070522_105036_Casio.jpg) |
亀岩。
確かに似てる。
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![](./images/S20070522/20070522_105328_Casio.jpg) |
本丸すぐ下にある、柱穴のある櫓台。
左右に2つの柱穴が見える。
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![](./images/S20070522/20070522_105400_Casio.jpg) |
左側の柱穴をアップ。
直径30cm弱はあるか...
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![](./images/S20070522/20070522_105508_Casio.jpg) |
櫓台から志和の町(西方面)。
バックは高鉢山。
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![](./images/S20070522/20070522_110112_Casio.jpg) |
山頂(本丸跡)に到着。
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![](./images/S20070522/20070522_110028_Casio.jpg) |
山頂にある案内板。
色々郭跡について説明があるが、
道々案内がないので全然分からなかった。
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![](./images/S20070522/20070522_110614_Casio.jpg) |
山頂から志和堀方面。
バックは金明山城跡。
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![](./images/S20070522/20070522_111126_Casio.jpg) |
A郭。
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![](./images/S20070522/20070522_111322_Casio.jpg) |
B郭。
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![](./images/S20070522/20070522_111612_Casio.jpg) |
C郭。
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![](./images/S20070522/20070522_112100_Casio.jpg) |
D郭。
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![](./images/S20070522/20070522_113504_Casio.jpg) |
E郭。
この先1段下にもう1つ郭があるそうだが、
藪で断念。
戻ろうとしたら、目の前に自分の携帯が落ちてる。
藪を潜ったりしている最中に胸ポケットから
落ちたらしい。危なかった。(!^^)
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![](./images/S20070522/20070522_114436_Casio.jpg) |
F郭。
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![](./images/S20070522/20070522_114928_Casio.jpg) |
左右に土塁跡。
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![](./images/S20070522/20070522_115122_Casio.jpg) |
左に郭跡らしきものを発見。
木が茂ってなければ、
北西~北東くらいの展望は得られそう。
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![](./images/S20070522/20070522_115652_Casio.jpg) |
土塁の道がずっと続く。
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![](./images/S20070522/20070522_120006_Casio.jpg) |
右側に小高い展望地。
やはり木が茂ってなければ、
西~南くらいの展望は得られそう。
光源寺(居館跡)辺りも見えるのでは...
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![](./images/S20070522/20070522_121018_Casio.jpg) |
光源寺裏に到着。
G郭。
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![](./images/S20070522/20070522_121122_Casio.jpg) |
H郭。
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![](./images/S20070522/20070522_121730_Casio.jpg) |
I郭。
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![](./images/S20070522/20070522_121936_Casio.jpg) |
G郭から光源寺を見下ろす。
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![](./images/S20070522/20070522_122056_Casio.jpg) |
I郭から下って光源寺庭園。
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![](./images/S20070522/20070522_123112_Casio.jpg) |
生城山城跡全景。(北(志和堀)側より)
山頂の突出した木は、山頂写真にあったもの。
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(まとめ・総評)
志和東天野氏(天野興定)が尼子方に就き、大内氏が米山城を攻撃した際、毛利元就も大内方で参戦、
元就の仲介で領土安堵で講和する。以後、志和東天野氏は毛利氏譜代家臣となる。
以降、近くに本格的な山城の生城山城を築き、関が原敗戦後、長州へ移るまで使用した。
志和ICを出、すぐ左折、すぐ次の信号を右折して約1.7km、突き当たりの信号を左折して県道46号に入る。
約3.5kmで左手に1枚目の写真の案内板がある。(米山城跡から約2.2km。左手奥に光源寺も見える。)
そこを左折してしばらく行くと光源寺です。
光源寺前の広い駐車スペースに車を停めさせてもらい、ここから歩いて登ります。
(光源寺さんに頼めば、生城山城跡のガイドマップが戴けます。)
山頂付近で急登となるものの、あとは登りやすい山です。
城跡としての案内が無いので、どこに何郭(何の壇)があるか全然分かりませんでした。
光源寺さんの話では、27日にみんなで登るとの事でしたが、これに付いて行けば色々分かったかも知れません。
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