siro  五龍城跡(ごりゅうじょう)、比高130m
場所広島県安芸高田市甲田町甲立
訪問日2006年4月23日(日)
備考元就の娘(五龍局)が嫁いだ宍戸隆家の城
地形図の表示


「表参道」入り口横の甲田町案内。
中央赤丸が現在地。
「表参道」入り口。
「尾崎丸」に向けて急な階段が続く。
掲示板に宍戸氏の経歴と毛利氏との関係が書かれている。

宍戸隆家は元就の娘をもらった事により、
元就に忠誠を誓い、
毛利家でもかなり重要な立場になった。
途中に「下馬の段」
「尾崎丸」
後ろは「司箭神社」
「尾崎丸」南東に石塁跡
「尾崎丸」南にも石塁跡
「司箭神社」裏に「物見の段」
「一位の段」
「一位の段」から北側。
国道54号線、真下はトンネル。
ここから先は一切展望が無い。
「一位の段」から右上へ行くと「櫓の段」、
直進は「矢倉の段」に抜ける犬走り。
「櫓の段」一段下の小郭
「櫓の段」
「櫓の段」奥の土塁。
土塁中央の通路から堀切(空堀)を覗く。
「釣井の段」
「釣井の段」を右奥へ入って行くと井戸が...
「矢倉の段」
「三の丸」
これが「三の丸」の竪堀?
「二の丸」への石段。
「二の丸」
「二の丸」横の矢竹。
この辺りから上は矢竹が密生。
これで弓や矢を作っていた。
「桜の段」
「姫の丸」
「本丸」
後ろは土塁。
土塁の上。
土塁の上から向こう側の堀切を見下ろす。
急な坂になっている。
整備されているのはここまでの様...
普通のスニーカーで滑ってこけながら堀切に下りてみた。
「御笠丸」を求めて既に使われていない様な
登山道を更に奥へ...
ここから先は標識も何も無い。
道はこんなに荒れている所も...
おそらく「御笠丸」
「御笠丸」奥の土塁。
ここまでで引き返す。
堀切まで戻って北へ...
「御風呂の段」、荒れ放題。
地形図に書かれている場所より、
西の一段下に位置する。
古い立て札があるので間違いないと思う。
地形図の通りだと「お釜の段」「お倉の段」。
大きな石が...
下の窪みは人工的なもの? お釜かな?

ここから堀切に戻って本丸によじ登るのは大変そうなので
犬走りらしき荒れた道を矢竹を掻き分けながら行く。
「三の丸」に出る。
「尾崎丸」まで戻り、裏参道を下りると、
五龍城跡の詳細図。
その横に「五龍城の由来」。
常陸国宍戸にいた宍戸氏が五龍山に至るのでの経緯が...
「五龍城跡」全貌。
矢印右から「尾崎丸」「本丸」「堀切」「御笠丸」
別角度から...
(まとめ・総評)
郭の数も多く、色々な跡がはっきり残っていて、見応え十分。
奥に入って行くにつれ、深閑としてきて、落ち着いた雰囲気と伴に、当時を偲ぶと感動で熱くなってくる。

本丸より先は整備されておらず、見捨てられた感じだが、折角なので先に進んでもいいと思う。
その際はトレッキング、もしくはそれに準ずるシューズで行く事をお勧めします。
資料不足で、私は「御笠丸」の土塁を見上げて引き返しましたが、「足軽の段」まで行って見て下さい。

私は「本丸」までの地形図と「御笠丸」の文字しか手元に無く、添付の地形図は下山後に入手しました。
・「県道世羅甲田線」と書いてあるのは「国道54号線」の事です。トンネルを潜って三次方面に向かっています。
・「八大龍山」と書いてあるのが「櫓の段」の事です。
・地形図には書いてないですが、「櫓の段」の先と、「本丸」の先には大規模な堀切があります。
・比高は「本丸」までが100m弱、「御笠丸」までが130m。

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 参考資料: H・L・C「広島近郊の山城と史跡」