高陽地区の城跡たち(よしだっちの城跡探訪記)
 
  高陽地区の城跡たち
場所広島市安佐北区旧高陽町
訪問日2006年9月28日(木)
備考旧高陽町(中深川駅より東を除く)に点在する城跡たちの紹介
地図の表示


①亀崎城跡(かめざきじょう)
広島市安佐北区亀崎3丁目

城主は井尻又兵衛和重の名が見える。

現在は、
左の平坦部は上部が削られ、亀崎中学となっている。
右の高所は亀崎神社となっている。
②尾和城跡(おわじょう)
広島市安佐北区深川2丁目

城主としては、尾和左衛門の名が伝えられている。
③深川狐ヶ城跡(ふかわきつねじょう)
広島市安佐北区亀崎2丁目

地理的条件と伝承から城跡と言われているが、
それを確認出来るものは出土していない。

現在は上部が削られ、アパートが建っている。
恵下山城跡(えげやまじょう)
広島市安佐北区真亀3丁目

地形的環境から水軍城としての機能も指摘される。
城主は金子氏との説もある。

現在は公園化されているが、
郭跡は幾つか残っているので、以下に紹介します。
八木城跡(やぎじょう) その2
広島市安佐南区八木5丁目

香川氏の居城。
恵下山城の金子氏や地蔵堂山城の久村氏と
境界を巡って争っていた。

独立丘陵に見えますが、
当時は阿武山の支尾根だったのではないでしょうか。

高陽地区からは外れますが、
高陽地区から望める重要な城跡なので、
ここに載せます。
⑥諸木城跡(もろきじょう)
広島市安佐北区真亀1丁目

開発で遺構は何も残っていない。
⑦山手城跡(やまてじょう)
広島市安佐北区落合3丁目
⑧地蔵堂山城跡(じぞうどうやまじょう)
広島市安佐北区落合3丁目

城主については、久村玄蕃允と伝えられている。

開発で遺構は何も残っていない。
⑨土居山城跡(どいやまじょう)
広島市安佐北区落合1丁目

開発で遺構は何も残っていない。
⑩岩上城跡(いわのうえ)
広島市安佐北区落合南3丁目
⑪幾志山城跡(きしやまじょう)
広島市安佐北区口田南2丁目

現在は独立した小山であるが、
元は二ヶ城山山系から太田川に向けて突出した
低丘陵の先端部に当たる。
⑫小田狐城跡(おだきつねじょう)
広島市安佐北区口田南3丁目
(まとめ・総評)
城跡は全て「ひろしま昔探検ネット」の地図を参考に、周辺からの目視で確認しただけですが、
恵下山城跡だけは登って確認して来ました。

今回、高陽の城跡を調べたりまとめたりしていて初めて気付いたのですが、
高陽の町は、元々全て"二ヶ城山"の支尾根と谷だったと認識させられました。
そう考えると、高陽中央通り(県道37号線)のアップダウンは「尾根を越えていたんだな」と納得しました。

 


 
 参考資料: ひろしま昔探検ネット、 ファミリー高陽2006年9月号