安芸 賀儀城跡(鍵城跡)、勝運寺(浦宗勝の墓)、床浦神社(よしだっちの城跡探訪記)
 
siro  賀儀城跡(鍵城跡)(かぎじょう)、比高20m
場所広島県竹原市忠海床浦1丁目
訪問日2007年5月29日(火)
備考瀬戸内海を見渡せる、小早川水軍の将、浦宗勝の城
地形図の表示


城跡麓にある案内板。
本丸跡。
すぐ西側は入り組んだ湾になっている。
右奥には床浦神社も見える。
本丸跡から南側の展望。
左大久野島、右子久野島。
本丸を取り巻く帯郭の一部。
「浦の名の花やほまれの古城跡」
八十花桃雨が浦宗勝を追想して読んだ歌。
二の丸跡。
奥の高台は本丸。
二の丸東にある土塁跡。
二の丸東下にあるこれは郭跡?...
本丸(帯郭)西下にある。
何かの加工跡?...
先ほど本丸から西に見えた床浦神社。
その案内板。
賀儀城跡(鍵城跡)全景。(西側より)
賀儀城跡(鍵城跡)より勝運寺方面。
この山に烏ヶ城の地名が残っているが、
賀儀城(鍵城)の詰め城であった可能性があります。
勝運寺の説明板。
賀儀城跡(鍵城跡)北西400m(直線距離)の
位置にあります。
勝運寺にある浦宗勝の墓。

秀吉の九州征伐に出陣中に死亡。
その地(筑前)に埋葬されたが、
小早川隆景が、筑前から三原に隠居した折り、
宗勝の墓もこの地に移葬された。
勝運寺から賀儀城跡(鍵城跡)を望む。
おまけ。
勝運寺にある十二支地蔵。
(まとめ・総評)
小早川家重臣、小早川水軍の将、浦(乃美)宗勝の水軍城。
宗勝は小早川分流の乃美家の出。父が小早川諸流の浦氏を相続し、浦氏となる。
浦宗勝の名で通っているが、宗勝自身は、終生乃美姓を名乗っていたと言う。
(元就側室の乃美の方とは、この乃美氏であると言われている。)

本郷(国道2号線)の「本郷バイパス西」交差点から県道59号線を南下。
5kmで県道75号線と交差、それから4kmで道なりに左にクランク。すぐJR忠海駅前に出る。
駅前を右折して約300m弱、橋(見落とし易い)を渡ってすぐ左折し、踏み切りを渡る。
そのまま道なりに約250m行けば、城跡の案内板がある。
駐車場は無いので、そのもうすこし先の停めやすい場所に駐車する。

北側と西側に登り口があり、北側の方が本道のようです。
郭跡はよく整備されていますが、二の丸の土塁辺りがすこし藪になっていたのが残念です。
本丸からは少し木が邪魔して絶景とまでは言いませんが、
一部木が切ってあったりして展望が得られる様になっています。

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 参考資料:H・L・C「広島近郊の山城と史跡」