siro  頭崎城跡(かしらざきじょう)、比高225m
場所広島県東広島市高屋町貞重
訪問日2006年11月29日(水)
備考郡山城に次ぐ広島で2番目に大きな平賀氏の城
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国道375号線からJR入野駅方面に向かう
幹線道路沿い(左)にある案内板。
※地図の①印
その横にある毛利元就の説明。
※地図の②印
その横にある登山道案内板。
※地図の③印
土塁の道。
石塁の道。
分かり難いが竪堀を見下ろす。
振り返って竪堀を見上げる。
大きな岩がゴロゴロしているのは
撃退用でしょうか?
急坂部分には各所に石段跡が見られる。
鳥居の段。
実際には鳥居はありません。
実際の鳥居はすぐ上の段に移設されています。
大きな岩が積み上げてあります。
防衛に使われていたのでしょうか?
秋です。
紅葉の絨毯。
見上げると...
途中石垣跡。
三の丸にある案内板。
三の丸、大将陣。
大将陣奥にある頭崎神社。(1525年勧請)
とりあえず賽銭を入れてお参り...
大将陣から太鼓の段に上がる途中、石垣跡。
三の丸、太鼓の段。
太鼓の段から煙硝の段を望む。
ここからの展望も良好。
太鼓の段南下の郭。
紅葉の木を下から見上げる。
大将陣から煙硝の段に向かう途中に大岩。
そこから南の景色。
左端の小高い山(丘)が白山城跡かも?...
そのちょっと右の景色。
煙硝の段。
多分三の丸の一部。
右奥に明治神宮。(昭和4年勧請)
明治神宮裏手に廻ると眺望良。
振り返ると紅葉の木と紅葉の絨毯。
手水鉢もあります。
二の丸の西下を廻って北に行くと、
細工の跡のある岩を発見。
これも石垣跡。
甲の丸(本丸)の北下に駐車場。
北に向かって無舗装林道が続いていました。
郭跡(西の丸)でしょうか?
(2007/11/11追加)
こっちが西の丸でした。
駐車場と甲の丸の間にあります。
登れそうもないので、下から見上げます。
二の丸。
少し荒れています。展望はありません。
甲の丸(本丸)南下の小郭。
その左に井戸跡らしき窪みが...
甲の丸(本丸)。
荒れ放題。展望はありません。
(2007/11/11追加)
甲の丸へ登る階段の右にある石垣跡。
頭崎城全景。(南側より)
登山口より西へ約2km。
「平賀氏の墓地」の看板を認め、左折、
すぐの所にありました。
その容貌。
(まとめ・総評)
平賀興貞の城。
毛利氏、平賀氏等が尼子氏に協力して、大内氏の鏡山城を落とした後、
大内氏寄りの平賀弘保(白山城)が、尼子氏に脅威を感じ、
堅固な頭崎城を築城し、息子の興貞を城主とした。
後、尼子寄りの興貞と弘保は対立するが、大内側に就いた毛利元就に攻められ、
頭崎城は落城する。

西条ICから国道375号線を北へ約2.7km、「中核工業団地」の標識を右折、
JR入野駅方面に向かう幹線道路に入り約4.7km、左に写真1~3枚目の案内板がある。
案内板に従って車で進むと登山口付近で行き止まりなので農作業車等の邪魔にならない様に駐車します。

ほぼ緩やかな登山道が山頂まで続きます。(約30分)
分かれ道がいくつかあるので下山時の事を意識しながら登って下さい。
太鼓の丸、煙硝の段、その手前の岩場での展望は格別です。
季節が良かったので紅葉が非常によく楽しめました。
春は桜、初夏はツツジが楽しめる様です。

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 参考資料: H・L・C「広島近郊の山城と史跡」、 山と溪谷社「(旧)広島県の山」